ブログ開設祝いということで、私も論文紹介を一発かまします。
この論文は、私のPCの「論文PDF」「昆虫」フォルダに入っていたものです。なぜこれをDLしたのか全く思い出せません。「積みゲー」ならぬ「積み論文」というやつです。
積み論文溜まってばっかりで、ちょっと消化しないといかんなーと思い、読んでみた次第です。
Direct Injection of Venom by a Predatory Wasp into Cockroach Brain.
Haspel et al., 2003.
Journal of Neurobiology, Vol.56, 287-292. doi: 10.1002/meu.10238.
→PDFこちら
タイトル直訳すると【捕食性ハチによる、ゴキブリの脳への毒液ダイレクト注入について】
という感じ。
読んでみたらけっこう面白かったので、ここでご紹介します。
論文の主人公は、Ampulex compressaというセナガアナバチの仲間です。和名はたぶんない。
英語では「エメラルド・コックローチ・ワスプ」と言いまして、その名の通りすごくきれいな色してますねー。

Ampulex compressa
(Wikipediaより引用)
ハチの世界には、多くの「狩りバチ」「寄生バチ」がいます。他の虫の体内に卵を産みつけ、孵化した幼虫は虫を体内から食べて成長する……という、ちょっと倫理的にアレなハチです。
「狩りバチ」「寄生バチ」にはものすごい種類がいて、これと比べたらミツバチやスズメバチなどの社会性バチは少数派です。
さて、A. compressaさんもそんな感じで、ゴキブリに卵を産みつける狩りバチです。特にワモンゴキブリを含む2属3種のゴッキーがお気に入りだそうです。
分布範囲はかなり広く、アフリカ〜南アジア〜太平洋の島々といった感じ。ワモンゴキブリが人間社会に入り込んで分布を広げちゃったもんだから、A. compressaさんも一緒についていっちゃったんでしょうね。役得!
A. compressaの生態は、「寄生バチ」「狩りバチ」の中でも特によく調べられています。英語wikipediaにはちゃんと項目があるし、日本語で「セナガアナバチ」と検索してもけっこうヒットしますね(多くはA. compressaじゃなくて同属別種の情報みたいですが)。
なんやかんやで100年以上の研究史があるそうです。
なんでA. compressaが研究材料として重宝されているかというと、たぶんね、生け贄がワモンゴキブリなのがいいんでしょうね。お手軽だ。
ハチ成虫のお世話もらくちんで、餌はハチミツでいいそうです。
それから、A. compressaはアナバチのくせに穴を掘らないようで(少なくとも論文に穴を掘る記述はない)、そこんとこも研究材料的には高ポイントですね。飼育箱に土を用意しなくていいからね。
狩りバチは、産卵のとき、ターゲットとなる虫を毒針で刺して麻痺させます。そんで巣穴に虫を持って帰って、虫の体内に卵を産みつけます。虫は麻痺したままハチの幼虫に体を食われる感じ。
A. compressaの場合は、産卵の詳細な手順が明らかになっています。
1 ゴッキーの胸部に針を刺して毒を注入
2 ゴッキーの頭部に針を刺して毒を注入
3 ゴッキー、なぜかグルーミング(けづくろい)をはじめる。それを見守るハチ
4 ゴッキーの体が動かなくなってくる。ハチはゴッキーの体内に卵を産み付ける
5 ゴッキー完全麻痺状態で放置。ハチは新たなゴッキーを探しにいく
ゴッキーに注入される毒は、対象の神経系を冒して麻痺させる「神経毒」です。しかしながら、この毒がどのようにゴッキーに作用しているのか、ていうかなんで2回刺すのか、そしてなんでグルーミングなんてするのか、具体的なことはよくわかっていませんでした。
筆者らの過去の研究により、ゴッキーは頭部に毒が注入された場合にのみグルーミングすることが分かりました。また、1回目胸部を刺すときは、胸部神経節内に毒が注入されることが分かりました。これらのことから、2回目頭部を刺すときには、頭部中枢神経(脳&食道下神経節)に毒が注入されているものと予想されました。
で、今回の研究では、ハチの2回目の毒がゴッキーの頭部のどこに注入されているかを詳細に解明することを目指しました。
まず、放射性同位体炭素14で標識されたアミノ酸を用意しました。そんで、ハチの毒液をしぼりとり、炭素14標識アミノ酸をハチに注射します。
ハチは、しぼりとられちゃった毒液をまた作らなければいけません。その材料は体内のアミノ酸です。
そんなかんじで、炭素14標識毒液をハチに作らせることに成功しました。
そうしたら、ハチにゴッキーを狩らせます。ハチは本能に従い、ゴッキーを針で刺して毒を注入します。これでめでたく、ゴッキーに炭素14標識毒液が入りました。
その後、ゴッキーを解剖したり、あるいは樹脂で固めて切片スライドを作ったりします。そんで、ゴッキー頭部組織の放射線量を測定したり、頭部切片の放射線をフィルムに感光させたりします。
この方法で、ゴッキーの頭部のどこに毒が入ったかわかるという寸法です。
結果ですが、ゴッキー頭部では、脳>食道下神経節の順に多くの毒が入っていました。一方、中枢神経系以外の組織に毒はほとんど入っていませんでした。
切片スライドを使って細かく見ると、脳の「キノコ体」「中心複合体」、それから食道下神経節に毒が入っていました。
ゴキの頭部中枢神経に毒が注入されているのを直接的に確認したのは、これが初めてなんだそうです。へぇー。
ところで、「キノコ体」ってウソみたいですけど、昆虫の脳の一部分のちゃんとした名称です。英語だとマッシュルーム・ボディ。そのまんまでした。
ゴッキーに対するハチの一連の行動は、以下のように解釈されます。
1 ゴッキーの胸部に針を刺して毒を注入
(毒の作用で、ゴッキーの前肢が弛緩・麻痺する。これでゴッキーの動きがにぶくなり、ハチはゴキ頭部に正確に針を刺しやすくなる)
2 ゴッキーの頭部に針を刺して毒を注入
(頭部に注入された毒は、「キノコ体」「中心複合体」「食道下神経節」へ拡散)
3 ゴッキー、なぜかグルーミング(けづくろい)をはじめる。それを見守るハチ
(毒に含まれるドーパミンがゴキの食道下神経節に作用する結果、ゴキはグルーミングしてしまうらしい)
4 ゴッキーの体が動かなくなってくる。ハチはゴッキーの体内に卵を産み付ける
(毒でキノコ体の機能が阻害されて「外部刺激に反応できなくなる」)
(毒で中心複合体の機能が阻害されて「行動を始めることができなくなる」)
5 ゴッキー完全麻痺状態で放置。ハチは新たなゴッキーを探しにいく
なるほどねぇー。興味ぶかぁい!

ゴキゴキの頭部神経を刺して毒を注入するA. compressaさん
(元の論文Haspel et al.(2003)より引用)
あと特筆されているのは、「A. compressaはどうやって正確にゴキの神経系を刺すのか?」という疑問と、それに対する推論。
社会性ハチ(ミツバチ、スズメバチなど)の場合、毒針の先端にたくさんの化学受容器(レセプター)があり、毒針の機能向上を図っているのだそうです。しかしながら、非社会性ハチの毒針の先端がどうなっているのかはまだ全然調べられていないので、なんか比べたら面白そうじゃないの?とのこと。
A. compressaの毒針には、ゴッキーの神経細胞を感知するためのレセプターがあるのかもしれないね。という感じ。
【感想など】
難易度 ★★★☆☆
同位体標識アミノ酸を使ってハチ毒のゆくえを追うのが面白かったです。具体的には「液体シンチレーション法」「光学顕微鏡オートラジオグラフィー法」を使っています。抗体使えないときはこんなやり方もあるのだなあ。勉強になりました。
予備実験的に、炭素14標識ハチ毒をSDS-PAGEで展開して、ゲルをX線フィルムに曝露したりもしています。炭素14が微量だからでしょうが、ゲルのペプチドバンドをX線フィルムに写すのに6週間もかけています。
同じくオートラジオグラフィーも6週間かかってます。長いなあ。
昆虫の脳の構造や機能も勉強できました。ニューロンとかシナプスとかの話題も少々。
毒を注入されたゴッキーがグルーミングをしてしまうのはなぜ?ドーパミンのせいというのは分かったのですが、適応的意味はあるのかな。そこが知りたかったのですが書いてありませんでした。意味なんてないのかな……。
ハチ毒針(=産卵管)の化学受容体は面白いトピックだと思いました。
社会性ハチ、狩りバチ・寄生バチ、それからハバチなんかで比べたら面白そう。ハチの進化を語る新しい切り口になるかも。
【Wikipediaを参考にした補足】
(前述したように、)アナバチ類は麻痺させた虫を巣穴に持って帰って産卵するのが普通なのですが、A. compressaに対してワモンゴキブリは大きすぎるため、持って帰れることができません。そこで、A. compressaはゴッキーの触角を1本引っこ抜き、その穴に産卵管(=毒針)を入れてゴッキー体内に産卵するそうです。産卵が済んだら、穴を砂粒でふさぐのだそうです。そしてゴッキーを放置していきます。ははは。
A. compressaの♀はこんな調子で数十匹のゴッキーを襲い、麻痺させ、卵を産みつけていくそうです。いくらゴッキー相手とはいえ、やっぱりちょっと倫理的にアレな気が。
A. compressaは、対ゴッキー生物兵器としてハワイに導入されたことがあるそうです。でもなんか失敗したらしい。
Ampulex(セナガアナバチ属)の仲間には、ほかにも倫理的にアレな習性をもつものがいろいろいるというので、いろいろ論文読んでみたら面白いと思いますよ。
卵を産みつけられたゴキブリって、
そのあと生きてるの?
孵化するまでは生きてない困るだろうから、
生きてんのかな?
そのあと、8日間かけてゴキブリの組織を食べるそうです(ゴキブリ麻痺状来のまま)。
この8日間で、ゴキブリの生存に必要な組織が全て食べられてしまい、ゴキブリ死亡。
その後、幼虫はゴキブリの死骸の中で蛹になるそうです。
ゴキブリは麻痺状態のまま11(3+8)日間も生きてるんだ。
それはそれでスゴい気もするね。
なんといってもゴキですから……
と、僕だって一応昆研出身なんだぞ的なコメントを残してみる。
虫ってやっぱりえげつないの、多いですよね。
素敵です。
今度は是非、蜂の頭もげの話とかレビューしてほしいです(笑)
ありがとうございます!
虫論文をまじめに読み込んだのはたぶん初めてだったのですが
subesophageal ganglion 食道下神経節という用語をしっかり覚えました。
で、これって素敵なんですか?
さすがあのゼミの方は言う事が違う!
不勉強なのですが、
ハチの頭もげとはなんでしょうか?
とある蜂が巣を守る為に攻撃をする際、噛み付くんですが結構な頻度で頭がもげるらしくて、実はそもそも頭もげやすくなってるんじゃないかみたいな記事だったと思います。
ただ、「あたまもげ」と言う言葉があまりに可笑しかったのと、相手昆虫にもげた頭がいくつもくっついてる写真があまりにひどかったのが忘れられず。
何蜂だったか、思い出せない辺り駄目ですね〜(汗)
ググっても出てこなかったので、もしかしたら全て夢の中の妄想だったのかもしれません。まさか。
あ、でも、
アリあごを傷の縫合に使うって話はありますよね。
http://jp.blurtit.com/q354817.html
http://ant.edb.miyakyo-u.ac.jp/BJ/antStory/AAAnt5.html#7
自分はこの話を初めて知ったのが
ゴルゴ13か水木しげる漫画か西原理恵子漫画か思い出せませんが
(漫画しか読みません)
アリの頭がもげやすいのは本当だった気がします。
アリもハチの一種ですから、ハチの頭がもげやすいというのもありなんじゃないでしょうか。