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生物学論文紹介同人サークル「ハイアイアイ臨海実験所」です。
ここでは、気になった学術論文を紹介したり、同人活動を告知したりします。

2013年02月26日

【論文】臭素をためるケハダエボシ類

沼です。

ブログでの論文紹介は長いことかめふじ氏に任せきりだったのですが、ここで一発、何事もなかったかのように論文紹介かまします。

Some insights into how barnacles survive as sessile organisms.
Buckeridge and Reeves, 2009.
Integrative Zoology, Vol.4, 395-401.
PDFこちら

論文タイトルは、「フジツボは付着生物としてどのような生存戦略をとっているのか」といった感じ。
特に、ケハダエボシ類という超マイナー生物の化学的防御の発見について詳述されています。

まず、ケハダエボシ類というのは何かと申しますと、

kamenote_and_kehadaeboshi.jpg

↑この右側のやつ(Ibla cumingi, 和名ケハダエボシ)の仲間さん御一行なのです(左はカメノテ)。

論文タイトルはフジツボなのに、なんでケハダエボシとかいう得体の知れない生物が出てくるのよ?と思われる方もいるかと思います。
フジツボかケハダエボシかというのは、日本語と英語の感覚の問題でして、日本語の感覚ではケハダエボシはフジツボのカテゴリーに入りませんが、英語ではどちらもBarnacle(広義のフジツボ)と言ってしまいます。

Barnacleを詳しく分けると、エボシガイやカメノテやケハダエボシのように柄をもつものをGoose barnacle(雁型フジツボ)と言い、いわゆる日本人が連想する「フジツボ(富士山型のフジツボ)」をAcorn barnacle(どんぐり型フジツボ)と言います。このあたりの事情については、フジツボフィギュア紹介「カメノテ」の記事も併せてお読みください。
(ところで、なぜ「雁型フジツボ」なのかというと、かつて西洋では、エボシガイが成長してカオジロガンになると信じられていたからなのです。このため、カオジロガンはBarnacle Gooseと言いいます。Goose barnacleとBarnacle goose、ややこしい!)

Barnacle(広義のフジツボ)に共通する特徴のひとつに、「蔓(ツル)状の脚で水中の餌をとる」というのがあります。このため、広義のフジツボを指す日本語として、蔓脚類(まんきゃくるい)というのがあります。
この記事では、フジツボ、エボシガイ、カメノテ、ケハダエボシなどなど広義のフジツボのことを蔓脚類と書くことにします。

それではここいらで、ケハダエボシ類の紹介をしましょう。
以前、奇譚クラブから発売のフジツボフィギュアで、蔓脚類の系統樹を作ったことがありますが、それにケハダエボシ類を加えるとこんな感じになります。(クリックで拡大)

phylogeny_with_kehadaeboshi.jpg

この系統樹から読み取れるのは、「(現生の)蔓脚類の中で、ケハダエボシ類は、それ以外のグループから一番早く分かれた」ということです。

ケハダエボシ類は他の蔓脚類と形態学的特徴が大きく異なります(殻板が4枚であること、殻板がリン酸カルシウムで出来ていること、閉殻筋の位置など)。
さらに、最近20年くらいで分子系統学が使えるようになり、その結果からも、ケハダエボシ類は他の蔓脚類と系統的に遠く離れている――蔓脚類の進化の早い段階で分かれたグループである、ということが立証されました。

現在のところ、最古の蔓脚類の記録は古生代シルル紀にまでさかのぼります。当実験所の同人誌「斜論Vol.1」で取り上げたヘレフォードシャー動物群のRhamphoverritorや、ウミサソリに付着していたCyprilepasが、シルル紀の蔓脚類として知られています。
ケハダエボシ類そのものの化石は見つかっていないのですが、他の蔓脚類の化石記録を分子系統樹と合わせて解析した結果、ケハダエボシ類と他の蔓脚類は石炭紀に分化したと推定されました(Perez-Losada et al., 2008)。
蔓脚類の現役最古参、それがケハダエボシ類なのです。

現生のケハダエボシ類は八種が記載されており、それぞれの分布はこのようになっています。
(クリックで拡大)

kehadaeboshi_distribution.jpg


日本では、だいたい房総半島以南の太平洋側にIbla cumingi(和名ケハダエボシ)が分布しています。どういうわけか、多くの場合、カメノテのコロニーの中に紛れた状態で見つかります(下の画像)。

Ibla_and_kamenote.jpg
カメノテに紛れるケハダエボシ

他の種をみると、マダガスカルやアフリカ西岸にも分布しており、いかにもパンゲア大陸の時代の分布域が残っている感じです。
また、八種のうち五種は、オーストラリア東岸からニュージーランドにかけての海域でしか見られません(地図上、円内)。この海域は生物地理学的な僻地です。

この五種のうちのひとつChaetolepas calcitergumが、この論文の実質的主役です。オーストラリア大陸とタスマニア島の間の海域(地図上、▼のところ)の水深120-140mで発見された種で、新種記載が2006年、まだ6個体しか採れていないという、珍種中の珍種です。

さて、
蔓脚類の成体は移動できないので、外敵に襲われても逃げることができません。
そのため、蔓脚類はよく、巻貝やカニに捕食されます。特にイボニシやチヂミボラといったアッキガイ科の仲間は、蔓脚類やカキ類を好んで食べます。
アッキガイ系の巻貝は、蔓脚類の殻に穴を開け、穴が貫通したところで毒を注入し、筋肉を弛緩させ、フタが開いたところで中身を食べます。
蔓脚類はこれに対抗し、さまざまな手段で捕食を回避しようとしています。

1.殻を厚くする
これが基本戦略です。巻貝が蔓脚類の殻に穴を開けるのには、48-60時間もかかります(Palmer, 1980など)。その間に潮の満ち引きがありますし(特に夏の干潮時は灼熱地獄になります)、蔓脚類を襲っている貝が別の生物に襲われることもあります。籠城作戦は強いのです。

2.殻をゴツゴツにする
フジツボ類の富士山型の殻は、4−8枚程度の殻が組み合わさって出来ています。
殻同士の接合部(成長末端)は薄くなっていて、巻貝による穴開け部位としてよく狙われます。
そこで、全体的に殻がゴツゴツしていると、この接合部が発見されにくくなります。

tetraclitid01.jpg
クロフジツボ類。分厚くてゴツゴツした殻をもつ。

3.殻をトゲトゲにする
巻貝が蔓脚類の殻に穴を開けているときは、足場がしっかりしていないといけません。蔓脚類の殻がトゲトゲしていて足場が不安定だと、穴の位置がうまく定まりません。なおトゲトゲでなくゴツゴツでも、この効果が望めます。

4.潮間帯の上の方に付着する
一日のうち大半の時間を空気中でじっと耐えている蔓脚類がいます(だいたいイワフジツボ類)。潮間帯上部は、大きな気温差・長い干出時間・貧栄養(水に浸かっているときにしか餌を食べられない)という過酷な世界ですが、それと引き換えに、巻貝という外敵から身を守ることができます。

5.その他
他には、岩の隙間に住む(カメノテ類)、石灰岩に穿孔する(イワホリミョウガ)、海面の流木などに付着する(エボシガイ類)、他の生物に付着する(カメフジツボ類など、非常に多くの種)といった例が報告されています。

このような努力にも関わらず、フジツボが巻貝に捕食される例は多いようです。
私の手元にあったフジツボ死殻をよく見てみると、巻貝に開けられた穴がすぐに見つかりました。

Tetraclitid02.jpg
クロフジツボ類。殻を貫通している穴がある(円内)。

megabalanid01.jpg
アカフジツボ類。貫通未遂(緑円)と貫通成功(オレンジ円)の、2つの穴がある。どちらも殻の接合部を狙って穴を開けられている。


というわけで、フジツボがどんなに工夫しても巻貝の餌食になるようで、アッキガイ類はフジツボ類と並行して進化したという説(フジツボ版赤の女王仮説とでも言いましょうか)も提唱されています(Palmer, 1982)。

この論文では、蔓脚類の新たな防御戦略が見つかりました。それが、ケハダエボシ類Chaetolepas calcitergum「不味くなる」という戦略です。

さて、
捕食回避のために「不味くなる」というのは、いろいろな生物がやっていることです。カメムシやウミウシなどは代表的なものでしょう。植物にも「不味さ」で食べられないようにしているものがたくさんいます。

「不味さ」のもとになる生理活性物質は、その多くが炭素・水素・窒素・酸素・硫黄からなる、いわゆるフツーの有機化合物です。稀に、これら有機化合物の中に塩素・臭素・リンが加わることがあります。
こういった不味い生理活性物質は、たいてい毒であり、我慢して食べ続けると死んだりします。

フジツボの場合、過去に一例、消化管の中腸に臭素化合物のツブツブが検出されたことがありました(Newman, 1991)。Tetrachaelasmaという、むちゃくちゃレアな深海産のフジツボです。
臭素は猛毒な元素です。単体でも猛毒ですが、強力な酸化作用によってさまざまな物質と反応して臭素化合物となり、それら化合物になってもだいたい有毒です。要するに、煮ても焼いても毒以外の使い道がないのですが、毒ならば「不味さ」という点で活用できます。
臭素化合物を「不味さ」の成分としてもつ生物は、海綿や海藻で多く知られています。では、Tetrachaelasmaはどうなんでしょう。消化管の中に臭素化合物があったというわけで、単に餌(プランクトンやデトリタス)に臭素をもつのがいただけじゃないの?という感じもします。

そこで話は、新種のケハダエボシ類Chaetolepas calcitergumに戻ってきます。
論文によると、筆者Buckeridgeらのグループは、希少な蔓脚類が採取される度に、それら個体の元素分析をEDS(エネルギー分散型X線分析装置)で行なっているそうです。C.calcitergumについてもEDSで分析したところ、サンプルの柄部において、干重量で7%もの臭素が含まれることが分かりました。
海水中の臭素の濃度はおよそ0.0066%。C.calcitergumの柄部の臭素濃度はその1000倍もあります。

chaetolepas.jpg
これがChaetolepas calcitergumだ!
たぶん、キートレパス・カルサイターグムとか読むのだと思います。


数年後、改めて、より精度の高い元素分析を行なったところ、C.calcitergumの個体の表面ほぼ全体から臭素が検出されました。体全体の臭素の量は、重量にして1.42%と、やはり高濃度です。
なかでも柄部の毛(ケハダエボシ類は、柄部にキチン質の毛が生えている)の先端が最も高濃度であり、重量にして4.1%が臭素でした。
前回の実験で得られた7%という数値と合わなかったことについては、実験の間隔が数年単位で空いてしまったのでその間に臭素が減ってしまったか、あるいは分析精度が向上してより正確な数値が出たのではないか、と筆者らは考察しています。
いずれにせよ、柄部の「毛」で臭素濃度が特に高かったというのがポイントです。
本種の場合、頭状部はリン酸塩の殻で物理的な防御性を高め、柄部は臭素化合物の毛で化学的な防御性を高めている、と推定されます。

ということが分かったら、次の目標は、どんな臭素化合物を持っているかの分析ですが、それはまた未来の話。
本種は今のところ6個体しか標本が存在しないので、そういった分析はとうぶん先のことになるでしょう・・・。

【感想】

難易度★★☆☆☆

C.calcitergumが臭素を持っている!」というトピックだけでなく、蔓脚類の防御戦略が網羅的に説明してあったので、わかりやすい筋立てになっていたと思います。

オーストラリア〜ニュージーランドは、ケハダエボシ類の多様性ホットスポットなので、筆者らは他のケハダエボシ類についても元素分析をしていると思うのですが、臭素リッチなのは今のところC.calcitergumだけなのでしょうね。
餌から取り込んだ臭素を柄部の毛まで運ぶメカニズムが本種だけのオリジナルだとしたら、一体何がどうしてそうなったのか、何か前適応があったりしたのではないか、などと気になるところです。


フジツボ―魅惑の足まねき (岩波科学ライブラリー) [単行本] / 倉谷 うらら (著); 岩波書店 (刊)
posted by 沼 at 20:53| Comment(0) | 論文紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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