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生物学論文紹介同人サークル「ハイアイアイ臨海実験所」です。
ここでは、気になった学術論文を紹介したり、同人活動を告知したりします。

2013年03月25日

【論文】フジツボ類とアッキガイ類の競争的進化

沼です。
前回の記事に引き続き、蔓脚類(広義のフジツボ類)の防御戦略に関わる論文の紹介です。

Predation and parallel evolution: recurrent parietal plate reduction in balanomorph barnacles.
Palmer, 1982.
Paleobiology, Vol.8(1), 31-44.
PDFこちら

論文タイトルは、「捕食と平行進化:フジツボ亜目で周殻の減少が繰り返し起きた」という感じ。
巻貝類がどのようにしてフジツボを捕食するか、フジツボはどのような防御戦略で捕食に対抗しているか。
結論として、フジツボと巻貝の間で競争的な進化が起きているのではないか。
そんな話です。





フジツボ成体は、なにしろ移動できないので、いろいろな生物に捕食されます。
なかでも巻貝のアッキガイ類(イボニシ、チヂミボラなど)は、フジツボ類やイガイ類などを好んで食べる捕食者です。

アッキガイ類は以下のようにしてフジツボを食べます。
1.吻部の穿孔器官でフジツボ殻の有機マトリクスを溶かす。
2.有機マトリクスがなくなった殻は、構造的に弱くなる。そこを歯舌で削る。
3.歯舌が殻を貫通したら、麻酔毒を注入する。
4.フジツボのフタ板を開閉する筋肉が弛緩して、フタがパッカァとなったところを、悠々と食べる。

これに対抗するフジツボの戦略は、「殻による防御」に尽きます。前回の論文紹介では臭素を溜めて肉をマズくするフジツボの例を紹介しましたが、あれは(今のところ)例外中の例外といえます。
殻の守りを堅牢にすれば、貝はフジツボの捕食に手こずります。すると、フジツボ的には以下のような防御効果が期待できます。

1.潮位の変化でフジツボが干出→乾燥や温度変化に貝が耐えられなくなり、撤退する。
2.ヒトデなどが貝を襲う。
3.他の生物の移動などにより、貝の穿孔作業が邪魔される(穿孔器官の位置がずれちゃうとか)。フジツボ殻の穿孔箇所はとても局所的なので、穿孔作業を邪魔されて「どこに穴を開けてたか分かんなくなっちゃう」と手痛い。

以上のような感じで、貝がフジツボ捕食を諦めれば、フジツボの勝ちです。まさに籠城戦です。
しかし、貝の方も生きるのに必死ですから、できるだけ短時間でフジツボを攻略できるよう、フジツボ殻の弱点を狙いに行きます。
この論文では、同じ地域に生息する2種のフジツボ類と、それらを食べる4種のチヂミボラ類の被食・捕食関係を検討しています。

研究の対象とした2種のフジツボは、チシマフジツボ(Semibalanus cariosus)とキタアメリカフジツボ(Balanus glandula)です。これら2種は北米の北西海岸で典型的なフジツボ類で、両者ともに潮間帯に生息しますが、キタアメリカフジツボの方がやや上部にいるそうです。
ちなみにこの2種は日本の北部海岸にもいます。チシマフジツボはもともと日本にいる種ですが、キタアメリカフジツボは最近になって移入・定着した種です。

BcariosusandBglandula.jpg

2種の形態のちがいとして、以下のような点が挙げられます。

【周殻(フジツボの「富士山型」を形成する殻)の特徴】
チシマフジツボ ……表面が非常にデコボコしている。
キタアメリカフジツボ ……表面はほぼなめらかである。

【蓋板(「富士山の火口」にある2対4枚の殻)の位置】
チシマフジツボ ……蓋板の位置は深い(大型の個体ではこの傾向が顕著)。
キタアメリカフジツボ ……蓋板の位置は浅い。

さて本研究では、野外で「今まさに貝に襲われている状態」のチシマフジツボ・キタアメリカフジツボを調べ、それぞれのフジツボが、どの貝に狙われているか、また殻のどの部分を狙われているかを調べました。
(さらに室内実験も行なっていますが、本記事では省略します。また各データについて有意差検定を行なっていますが、それについても省略します)。

チシマフジツボについては、以下のような感じです(クリックで拡大)。

Bcariosus2.jpg

まず、チシマフジツボを襲うのはヒレチヂミボラミゾチヂミボラばかりでした。
また、穿孔箇所として、周殻の接合部が非常に狙われやすいことがわかりました。
フジツボは、ふつう4−8枚の周殻をもっていて、それらが組み合わさって富士山型の殻を形成します。それぞれの周殻の接合部は成長部分であるため、殻が薄く、そこには殻形成のための組織が存在します。
貝としては、ここに穿孔して毒を注入するのが、フジツボ攻略の楽な方法です。
つまり「周殻の接合部」はフジツボの急所・弱点なのです。
(「蓋板の接合部」もフジツボの急所です。これについては後述)

次に、キタアメリカフジツボです(クリックで拡大)。

Bglandula2.jpg

キタアメリカフジツボを襲うのは、シマチヂミボラチヂミボラが多いという結果になりました。
また、穿孔箇所としては、チシマフジツボと同様に「周殻の接合部」もそこそこ狙われるものの、蓋板の接合部の方が狙われやすいという結果が得られました。


なぜ2種のフジツボ類で、襲われ方が異なっていたのでしょうか?

【チシマフジツボの場合】
チシマフジツボは周殻の表面が非常にゴツゴツしています。もし穿孔箇所として蓋板を狙おうと思ったら、ゴツゴツで不安定な周殻を登らなければいけません。また、蓋板は「富士山の火口」の奥にあり、ここまで吻部を伸ばすのは大変です。
というわけで、「周殻の接合部」が狙われるようです。

【キタアメリカフジツボの場合】
キタアメリカフジツボの周殻の表面はなめらかであり、また蓋板は「富士山の火口」の浅いところに露出しています。これならば、貝としては、悠々と周殻を登って、蓋板の接合部に穴を掘ることができます。


このように比較すると、キタアメリカフジツボが圧倒的に弱いように感じられますが、ここに「環境」というファクターを入れると、話は変わってきます。
キタアメリカフジツボはチシマフジツボよりも浅いところに分布しており、干潮時に空気中に晒される時間が長いのです。この環境耐性を味方につけているため、キタアメリカフジツボは重装甲をもたなくても生きていけるようです。
また、チシマフジツボのような重装甲を作るには大きなコストを要するので、重装甲を作らないキタアメリカフジツボは、そのぶんのコストを生殖などに振り分けることができます。

本研究によると、フジツボの弱点は、蓋板および周殻の「接合部」です。この弱点をなくすことができれば、フジツボの生存能力が向上するはずです。
フジツボの体の構造上、蓋板の接合部をなくすのはなかなか難しいのですが、周殻の接合部については、以下のように「できるだけ巻貝に襲われない」方向に進化することが可能なようです。

1.周殻の表面をゴツゴツにする
周殻表面をゴツゴツにすれば、どこに接合部があるのかわかりにくくなります。チシマフジツボはこの戦略を採用しています(それでも貝に食われてしまうのが切ない……)。
周殻をゴツゴツにしている他の例としては、クロフジツボ類などが挙げられます。

2.周殻の枚数を少なくする
周殻の数を減らせば、接合部の数も減ります(周殻の数=接合部の数(ただし、周殻が2枚以上の場合))。
実際に、フジツボ類の進化ではこの傾向があります。より原始的なフジツボ類の周殻は8枚ないしそれ以上なのですが、進化するにつれて、6枚、4枚と減少していく傾向にあります。
それならば、周殻が1枚(接合部なし)になれば最強な気がします。で、実際にそういうフジツボもいます(サンゴフジツボなど)。しかし、周殻が複数枚ないと、フジツボは水平方向に成長することができません。水平方向に成長できないと、富士山型になれません。ストローみたいなかたちになります。それでは体の体積をかせぐことができず、何かと都合が悪いです(たくさんの卵を作れない、など)。
というわけで、周殻の枚数を減らすのは、4枚あたりが妥当なところなようです。なお、3枚や5枚といった奇数の周殻をもつフジツボは知られていません。理由はわかりませんが、発生学的な制約があるのでしょうか。

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《クロフジツボ。周殻は4枚。接合部がどこにあるか見つけるのはとても難しい。》


megabalanid01.jpg
《アカフジツボの仲間。周殻は6枚。周殻の接合部の場所がバレバレであり、巻貝による穿孔攻撃を受けている。》


フジツボの進化研究において、「フジツボの周殻の枚数は、進化するにつれてだんだん減っていく」「しかもそれは、いろんな系統で独立的に減っていく」ということは、昔から指摘されていました。
本研究では、このようなフジツボの形態的進化の原動力はアッキガイ類による捕食圧であると推察しています。つまりフジツボは「巻貝に食べられたくないために、周殻の枚数を減らす進化をした」ということです。
えー、そこまで言っちゃいますか。

palmer01.jpg

左の3つの帯グラフがフジツボの属の数(左から、イワフジツボ超科、オニフジツボ超科、フジツボ超科)、右の帯グラフがアッキガイ超科の属の数です。筆者らは、これにもとづき、「フジツボ類を効率よく食べるためにアッキガイ類が進化して、アッキガイ類による捕食を逃れるためにフジツボ類が進化した」という、フジツボ・アッキガイ間での競争的進化説を提唱しています。

しかし、本当にそうでしょうか?
確かに、時代が新しくなるにつれてフジツボ類もアッキガイ類も属の数が増えているのですが、これって当たり前じゃないの?と僕は思いました。新しい時代の方が化石記録が多いのは当然だからです。ちょっと説得力に欠けるのでは?
そこで、もうひとつのグラフです。

palmer02.jpg
このグラフでは、「白亜紀後期〜第四紀(現世)で、フジツボの殻の数がどのように変化したか」ということが示されています。
これを見ると、白亜紀(UP CRET)は全ての属が8枚の周殻を持っていましたが、新生代暁新世(PAL)から6枚の周殻をもつ属が出始めて、漸新世(OLIGO)では6枚の周殻をもつ属が多数派に転じます。さらに中新世(MIO)からは4枚の周殻をもつ属が増え始め、現世(REC)では30%もの属が4枚の周殻をもつようになりました。

なるほど、このグラフを見せられると、「フジツボ・アッキガイ進化仮説」が妥当な気もしてきますね。
ほほう・・・ゴクリ(ジュルリ)

【感想】

難易度★★★☆☆

チシマフジツボ・キタアメリカフジツボの話から、一気に大風呂敷を広げて「フジツボはアッキガイと競争的進化をしている!」とか論じはじめたところで、「ファッ!?」となりましたが、そこそこに納得のゆく根拠が示されていたので良かったです。
この論文ではフジツボ視点でしたが、「競争的進化」についてアッキガイ視点でもっと深く語れないか、気になりますね。どうなんでしょうか。


【宣伝】

本記事で登場した「チシマフジツボ」「クロフジツボ」は、奇譚クラブよりフィギュア化されています。
これらフィギュアを手の上で転がしつつ、フジツボの果てなき進化に思いを馳せてはいかが?


Bcariosus_figure.jpg

「チシマフジツボ」データ
<学名>
Semibalanus cariosus (Pallas, 1788)
<高次分類>
完胸超目無柄目フジツボ亜目フジツボ超科チシマフジツボ亜科
<分布>
太平洋側では銚子以北、日本海側では津軽海峡以北に分布。潮間帯中部以下に生息。
<その他雑学>
日本フジツボ界の切り込み隊長こと「倉谷うらら」さんが、本種のイヤリングをよく装着している。


Tetraclita_figure.jpg

「クロフジツボ」データ
<学名>
Tetraclita japonica Pilsbry, 1916
<高次分類>
完胸超目無柄目フジツボ亜目クロフジツボ超科クロフジツボ科クロフジツボ亜科
<分布>
津軽海峡以南に分布。外海に面した潮間帯中部に生息。
<その他雑学>
周殻は非常に分厚く、壁管とよばれるチューブ構造が発達している。「周殻が厚い」というのもまた、アッキガイ類の捕食に対する防御戦略と解釈される。

フジツボ―魅惑の足まねき (岩波科学ライブラリー) [単行本] / 倉谷 うらら (著); 岩波書店 (刊)
posted by 沼 at 19:43| Comment(0) | 論文紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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